みんなとの時間もいいけど、1人の時間もいいよね——。
そんな気持ちに寄り添い、1人外食アプリを原点に、1人旅特化メディアや福利厚生型の1人旅予約サービス、地域回遊プラットフォームなど、一貫して「ソロ」に特化した事業を展開する株式会社ホーンの松本直樹さん。
今回のインタビューでは、拡大する1人旅市場の実像と熱海で始まった新たな座組をたどりながら、”ひとり”の時間が切り拓く地方創生の可能性を探ります。
ゲストプロフィール

松本 直樹(まつもと なおき)
株式会社ホーン 代表取締役
1982年生まれ、広島県出身。新卒で人事コンサル国内大手に入社し、人財開発の提案営業に従事。その後、人事システム会社の立ち上げ参画、コンサルティング会社の共同代表などを経て、2018年3月に株式会社ホーンを創業。「ソロをもっと気軽に。ソロにゆるいつながりを」をコンセプトにソロ事業を展開し、月間150万PV・Instagramフォロワー5.7万人を擁する1人旅メディア「ソロトリマガジン」を運営。現在は、宿泊施設と1人旅ユーザー、そして従業員のウェルビーイングを目指す企業をつなぐ1人旅マッチングプラットフォーム「ソロトリ」も展開している。
1.「ぼっち」をポジティブな世界に変えたい――事業の原点
吉田(地域ブランディング研究所:以下、地ブラ):まずは自己紹介をお願いします。
生まれは広島県の廿日市市です。ファーストキャリアは人事系のコンサル会社で、その後、独立した前職の副社長の会社立ち上げを手伝い、友達との会社を経て設立したのが今のホーンになります。
前職で新規事業に失敗した経験から、自分でプロダクトを作れなきゃダメだと思い、最初にリリースしたのが「ソロメシ」という一人外食のアプリです。
大学で人の孤独・孤立に興味があり、性格心理学を勉強していたのに加えて、僕自身、人は好きなんだけど一緒にいるとエネルギーを使っちゃうタイプで。「1人になりたい」と思うことも多くありました。1人でいることを「ぼっち」と言わず、もっとポジティブな世界にしたい」というのがベースで、今も会社をやっています。
吉田(熱意ある地方創生ベンチャー連合:以下、熱ベン):社名の由来はどういったものなんですか?
ホーンは英語でhone、「磨き上げる」という意味です。創業時は何をするか決めていなかったので、コンサルにも新規事業にも使える「事業の可能性を磨く」という名前にしました。そのうち「ソロなんとか」という社名に変えると思います。
2.急成長する「1人旅」市場――家族・カップル前提の旅行業界に変化の波
吉田(地ブラ):現在はどういった事業を展開しているんですか?
3つの事業をやっています。もともとはソロメシをやっていたんですが、コロナ直撃でうまく立ち上がりきらず。そこからソロトリという1人旅の事業を始め、徐々にトリップクエストという街ブラ系のプロダクト、地域に関わるお仕事へと広がっていきました。1人旅自体はコロナをきっかけに世界的に伸びていて、日本でも1人旅志向が高まっています。

吉田(熱ベン): 日本の旅行マーケットは家族やカップルが定番というイメージで、1人旅志向がこんなに高いのは意外でした。どういった経緯でこのマーケットを攻めることにしたんですか?
ソロメシをやっている時に、「みんなとの時間もいいけど、1人の時間もいいよね」という気持ちが根底にあるなと強く感じていました。以前、香川県の丸亀で、1人で藍染体験に来ていた女子大生に話を聞いたところ、「うどんを食べたかったけど誰からも共感されなかったので、1人で卒業旅行しています」と。1人だからこその気ままさや自由さと、地方は相性がいいんじゃないかと思っていましたし、余白がある分だけ地域を見てもらえて、つながりができて「また行きます」となるストーリーも素敵だなと。
ある調査でも「1人の時間が必要」という結果が出ていて、家族・仕事・人間関係の役割から離れて自分と向き合う時間が欲しい人は多いと感じています。ただ、これまでの経済構造がファミリーやカップル前提なので、宿側の受け入れは二極化しています。
じゃらんのデータでも1人旅カテゴリーの総額は決して安くなく、バックパッカーのイメージだけではありません。「ソロトリマガジン」の一番コアな読者層は50代女性で、「今まで家族に時間を捧げてきたから、これからはもっと楽しみたい」という方も多い。みんながイメージする1人旅は一側面でしかなく、この市場のポテンシャルは大きいと感じています。
3.月間150万閲覧!”こっそり楽しむ” 読者が集うソロトリマガジン
吉田(地ブラ): メディア事業はどういった経緯で立ち上がったんですか?
ソロメシでいきなりプロダクトを作って失敗したので、まずユーザーと対話してインサイトを深掘りしてから作ろうと考えました。コロナ禍の終盤「旅行需要は絶対戻る」と考えてソロトリマガジンを立ち上げたところ、1年で1万フォローまで伸びて可能性を確信しました。松本市の松本観光コンベンション協会の方々にも「一緒にやろう」と言っていただいて育てていき、今は月間150万閲覧くらいあります。
吉田(熱ベン): Googleマップや食べログなど、ソロに限定しなくても情報は手に入るはずですよね。ソロにターゲティングすると発信の質はどう変わるんですか?
1人で移動する時の細かい機微を丁寧に伝えています。年配の読者も多いので「ここでこう乗り継ぐと行きやすいよ」と意識して書いたり、1人だからこその時間の使い方を発信したり。正直、こんなに伸びるとは思っていませんでした。1人旅って、周りに公言せずこっそり楽しんでいる人がけっこういます。「周りに嘘をついているので、リアルタイムでは投稿しません」という方もいる。普通の旅行とは違う楽しみ方をされている方が多いと思います。
吉田(地ブラ): 読者はどういった層なんですか?普段から1人時間を楽しんでいる人が中心なのか、家族と過ごしつつたまには1人時間も楽しみたいという層なのか。
年代的な属性では、50代の女性が一番のボリュームゾーンです。しかも既婚者の方が中心ということで、これまで家族のために使っていた時間を自分のために使いたいというニーズが高いんだと思います。また肌感では、残りの3割ぐらいは「いつかしたいけど勇気が出ない」という方です。ソロトリ熱海のアンケートでは、年1、2回行く人が40%、3回以上が2割、子育てや介護で行けていない人が2割ほどで、マガジンもほぼ同じ割合です。周りとはシェアしにくいけど誰かとはシェアしたい人が多く、人気企画「みんなのソロトリ」にはかなり回答が集まります。「シンプルにソロの情報だけを束ねている」ことが喜ばれているのかなと思います。
吉田(熱ベン): メディアのマネタイズはどういった形なんですか?
広告は薄くやっていますが、宿単品での特集は受けず、あくまで地域の紹介の中で宿を紹介する形にしています。1人旅でその地域を楽しんでもらいたいからです。
4.福利厚生×1人旅――熱海・伊東で始まった新たな座組
吉田(熱ベン): ターゲットがはっきりしているメディアを基盤に、新しい事業を始めたそうですね。どういった仕組みなんですか?
5月中頃からスタートしたのが今のソロトリの座組です。法人の福利厚生——自分の役割を脱いで自分と向き合う時間を取ってもらう——として、会社や労働組合からお金をいただく一方、宿からはいただきません。熱海市、伊東市、三島信用金庫さんと連携し、宿をつないでくださり、5月からベータ版として実証をスタートしました。初月で1,700人ほど会員登録があり、宿泊も生まれ始めました。宿の掲載は13施設ほど、実証は7月までの予定でしたが、エリアを広げつつ、期間延長することが決まっています。
導入は今、企業より労働組合の方が話が進みやすい状況です。福利厚生市場は福利厚生倶楽部やベネフィット・ステーションといった大手が強いですが、カタログ型では独自性が出ないという流れもあり、「平日に1人になる時間を支援する」というウェルビーイング文脈での交渉をしています。今回も3万人規模の小売系企業で、組合として導入してもらっています。
吉田(地ブラ): ビジネスモデルとしては、利用者は安く予約できて、福利厚生の一環として月額費用をお支払いいただく形ですか?金額感も含めてどういった設計なんですか?
そうです。1人当たりの月額課金で調整中です。送客数ではなくアクセス権や法人向けのデータ提供に対する固定収益を想定しています。
5.「1人だけど1人じゃない」――地域おこし協力隊と仕掛ける回遊の工夫
吉田(地ブラ): 宿単独ではなく、地域だったりプラスアルファの要素があるからこそ行きたくなるのかなと思うんですが、そのフックポイントはどういう形で作っているんですか?
熱海では2つの仕掛けを実験しています。1つ目は地域おこし協力隊と組んだ「1人だけど1人じゃないツアー」。「1人だとイベントに申し込みにくい」という声に応えて参加者全員を1人参加とし、イベントの時間だけ一緒に過ごして、あとは1人で旅してもらう形です。おかげさまで両方ともすぐ満席になりました。2つ目は、地元の人のおすすめスポットを巡ると宿泊券やグッズが当たる企画です。ただ泊まるだけでなく、回遊までを一気通貫で支援しています。
吉田(地ブラ): ありきたりではないものをやっていかないと差別化できない地域も多い中で、企画も含めて提案してくださるのはすごくありがたいですね。なかなか差別化が出せないという地域には提案しやすい気がします。
そうですね。ニッチなところの方が刺さりやすいかもしれません。熱海のような有名観光地はすでににぎわう宿とそうでない宿の差が広がっていて、うちの提案が響きにくい面もあります。むしろ知名度では勝負しにくい地域の方が、1人旅という切り口でエッジを立てる価値は大きいと思います。
6.スタンプラリーを超える回遊体験「トリップクエスト」
吉田(熱ベン): 街ブラ事業のトリップクエストはどういったものなんですか?
きっかけは「スタンプラリーばかりで、場所の羅列では面白くない」という問題意識です。場所で探すのではなく、「その場所で何をしたら楽しめるか」をミッション感のある形で伝えた方が、地域の魅力をうまく伝えられるのではないか——そこから立ち上げたのがトリップクエストです。
今は東京都で、歴史的建造物、緑のスポット、「東京さくらトラム(都電荒川線)」の回遊と3つの企画が動いています。特徴は、1つのマップにいろんな地域のクエストを掲載していること。1地域で完結するスタンプラリーと違い、「どの地域に行っても楽しめる」プラットフォームを目指しています。広島の広域都市圏の横断企画や、三次市の中学生がクエストを考える企画も、この秋から動く予定です。
吉田(地ブラ): 顧客は自治体ということですか?関わり方や企画の期間、予算感はどういった形なんですか?
これまでは自治体でしたが、最近はデベロッパーや回遊を促したい法人様のお問い合わせも増えています。東京都の場合は、クエスト自体は年間を通してマップに掲載しつつ、集中期間の2ヶ月で回ってもらうケースが多いですね。関わり方は幅があり、ホームページ制作からプロモーション、イベント運営まで担うケースもあれば、「箱としてだけ提供する」形も始めています。予算に応じて柔軟に対応します。なお、こちらはソロ限定ではなく一般向けのサービスです。
吉田(地ブラ): クエストの設計次第で価値が変わってきそうですよね。こういう切り口だと参加者が増える、といったポイントはどういったものですか?
コンテンツの切り口の設定が非常に大事で、まずターゲットを明確にする議論をしています。スタンプラリー系はシニア層と相性が良く、加えて40代、50代に好まれるコンテンツも合いそうだと見えてきました。
新しいチャレンジとして取り組んでいるのが、クエストの達成方法です。従来のチェックインやQRコードに加え、東京さくらトラムでは「この地域のおすすめのお店を教えて」と答えたら達成、という形でやっています。コメントから町への想いを吸い上げられるので、「市民巻き込み型」での提案をお勧めしています。蓄積された素材を2年目の広告素材にする話も進めていて、ゆくゆくはInstagram連携もしたいですね。

7.「ソロ市場」をひっくり返す日まで――ステップを踏んで挑み続ける
吉田(熱ベン): クエストの方もさらにソロに特化していくと、立ち位置がはっきりしてくるのではと思いますが、その点はどう考えているんですか?
ご指摘の通りで、実は最初は「ソロトリクエスト」という名前だったんです。ただ自治体から「ソロしか歓迎していないの?」と言われ、現状はサービスのコンセプトに寄せた「TripQuest(トリップクエスト)」にしています。今、社内の一番の議論はサービスをどう統合するかです。
1人旅はカテゴリーの1つで、自治体として、ソロ特化は謳いにくいことは理解しています。ソロ、ハイエンドソロ、インバウンドソロと、ステップを踏みながら、どこかで市場をひっくり返したい。誰でも入れる市場では、みんなが参入してきて、Googleマップには勝てませんから。苦労しながらでも、旗を立てた方が最後は勝てると信じています。
吉田(地ブラ): それぞれの事業がシンプルに面白いなと感じました。私たちも純粋にソリューションを提案したいなと思います。最後に、松本さんの想い、これからやっていきたいことはどういったものですか?
「1人になるのが大好きです」と恥ずかしがらずに、みんなが楽しめる世の中にもっとしていきつつ、それが地方の盛り上がりにつながればと思っています。
吉田(地ブラ): 全部につながるようなメッセージですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
吉田雄人/一般社団法人熱意ある地方創生ベンチャー連合 代表理事
1975年生れ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、アクセンチュアにて3年弱勤務。退職後、早稲田大学大学院(政治学修士)に通いながら、2003年の横須賀市議会議員選挙に当選。2009 年の横須賀市長選挙で当選し、2013 年に再選。2017 年に退任するまでの8 年間、完全無所属を貫いた。その後、「GR(ガバメント・リレーションズ):社会課題解決のための政治行政との関係構築の手法」を軸に、コンサルテーションを民間企業に行うGlocal Government Relationz 株式会社を設立し、代表取締役に就任。一般社団法人熱意ある地方創生ベンチャー連合では、2020年より代表理事を務めている。
取材後コメント:
1人旅市場は、これまで旅行業界が前提としてきた「家族・カップル」という枠組みを問い直す可能性を持っています。自治体にとっても、交流人口の拡大や地域回遊の促進は共通の課題ですが、「誰に来てほしいのか」というターゲット設定が曖昧なまま施策を打ってきたケースは少なくありません。ソロという明確な切り口で市場を定義し、福利厚生や地域おこし協力隊との連携など、行政・企業・地域をつなぐ座組を実装しているホーンさんのアプローチは、地方創生における新しいモデルとして注目しています。
吉田博詞/株式会社地域ブランディング研究所 代表取締役
HP: https://chibra.co.jp/
1981年広島県生れ。2013年(株)地域ブランディング研究所設立。 全国の地方自治体や企業と連携し、持続可能に稼げる地域づくりを支援。 魅力的な日本の地域の文化・風習・景観・伝統工芸といったものを後世に残し、地域の文化・精神性を通して自己啓蒙につながる滞在プログラムの造成に携わる。
取材後コメント:
ソロという概念に関して、「ご褒美や自分と向き合うといういろんな属性の人たちも、日常から離れた時間を欲しいといった需要がある」といわれれば、確かにそうだなと感じました。一人の時間が欲しい時に、その集中できる環境や、趣味をだれかと分かち合いたいといったこと等含めて叶えてくれるのがこのサービスだなと思います。価値観も多様化している中で、時間の過ごし方というもの自体が大きく変わってきており、自己投資・ご褒美等にお金をかけたい需要からすると、これは消費単価が高いこともうなずけました。今後の進化が楽しみです!